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2026.01.23 Fri

Report: 誰もが尊重される創作環境とは?「インティマシーシーン」から考え合うレクチャー&ワークショップ

映画やドラマなどのエンドロールで「インティマシーコーディネーター」というクレジットをご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。インティマシーコーディネーターとは、インティマシー(親密)なシーン、ヌードや身体的接触を伴うセンシティブな場面において、俳優の安全を守りつつ、監督の演出意図を最大限に実現できるよう支援する専門職です。2017年の#MeToo運動を契機に、近年その重要性が世界的に認識されるようになり、日本国内でも徐々に注目が高まっています。

インティマシーコーディネーターの日本における先駆者である浅田智穂さんをお迎えし、沖縄初となるレクチャー&ワークショップが、10月22日に那覇市のともかぜ振興会館にて開催されました。
〈イベント概要〉https://www.okicul-pr.jp/oac/topics/intimacyscene/

浅田さんは、2020年にNetflix作品『彼女』にて日本で初めてインティマシーコーディネーターとして参画されて以来、是枝裕和監督の映画『怪物』やNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』など、数多くの作品に携わっていらっしゃいます。精力的に活動を続けておられる浅田さんのレクチャーを通じて、国内外の事例や導入の背景、そしてインティマシーコーディネーターの役割について学ぶ機会となりました。

「映画や演劇業界が抱える問題を解決したい」インティマシーコーディネーターになった理由とは?

受講者の多くが映像や演劇制作に携わる方々でした。満席に近い会場の様子からは、沖縄におけるインティマシーコーディネーターへの関心の高さがうかがえます。

意欲に満ちた受講者たちを前に、浅田さんは自己紹介とこれまでのご経歴について語り始めました。

浅田:私は東京生まれで、中学校まで日本で過ごした後、高校からアメリカに留学しました。昔からミュージカルに興味があり、高校時代は演劇部のような活動で照明や大道具を担当し、ノースカロライナ州立芸術大学で舞台照明を専攻しました。卒業後はニューヨークの劇場で仕事をし、その後帰国して日本で舞台の仕事を始めましたが、当時は業界に古い考え方が根強く残っており、窮屈さを感じてキャリアに悩むようになりました。



浅田:そんな時に知人のダンスカンパニーから、海外公演のための通訳兼照明担当として同行してほしいと依頼され、引き受けることに。それから20年近く日本とアメリカで、主に舞台や映画などのエンターテイメント業界で通訳の仕事を続けました。

通訳として確かなキャリアを築いてこられた浅田さんが、インティマシーコーディネーターの道を歩むきっかけとなったのは2020年。Netflixに勤務する友人から依頼を受け、当初は全く知らない職業だったものの、アメリカでは俳優を性的なシーンから守る職種としてニーズが高まりつつあることを知り、興味を持たれたそうです。同時に、日本の旧態依然とした映画業界を知る立場としては、このようなポジションを日本に導入することは難しいのではないかとも感じられたといいます。

浅田:でも、大好きな映画や演劇の業界が抱える問題に対して、何か貢献できるのではないかという可能性も感じました。休みがない、長時間労働、低賃金といった業界の問題を一人で改善することは難しいですが、インティマシーコーディネーターになれば、これまでにない形で良い作品作りに協力できるのではないかと考え、引き受けることにしたのです。

その後、アメリカのトレーニングを受け、日本の撮影現場にインティマシーコーディネーターとして参加。当初は年に1、2本程度の依頼でしたが、3年目を迎える頃から急激に増え、現在では関わった作品が100本を超えるまでになったそうです。これは、インティマシーコーディネーターという職業が世の中に認知され、必要とされていることの証といえるでしょう。

俳優やスタッフを守り、作品の質を高めるために



浅田さんはまず、映像業界における権力のアンバランスさについて指摘します。

浅田:プロデューサーや監督にはキャスティングの決定権があるため、俳優が自らの権利を主張したり、「できない」「やりたくない」と意思を示したりした場合、次の仕事に影響するのではないかという不安を抱きやすく、どうしても弱い立場に置かれてしまうのです。

こうした権力構造の中で俳優の方々が安心してご自身の意見や気持ちを伝えられるよう支援することも、インティマシーコーディネーターの大事な役割です。さらに、日本の映像台本特有の描き方も、問題を引き起こす要因の一つであるといいます。

浅田:日本の台本のト書きは非常にシンプル。『二人はキスをする』『二人は愛を確かめ合う』といった記述だけで、具体的にどのような描写なのか、どれくらいの長さなのか、どれくらいの熱量なのかといった詳細が書かれていないことがほとんどです。

このような曖昧なまま撮影に臨むと、監督の意図と俳優の認識にズレが生じてしまいます。

浅田:それを事前に解決しておくのがインティマシーコーディネーターの仕事です。事前に俳優と話しておくことで不安を取り除き、効率的でスムーズな撮影ができます。また、インティマシーシーンの理解を深めることで、俳優が演技に集中でき、より良いパフォーマンスに導くことができると思っています。




一方で、インティマシーコーディネーターの存在は監督にとっても大きなメリットがあります。

浅田:俳優の許容範囲を確認してから演出のプランを考えたい監督もいます。ですが、自分が直接聞くとハラスメントになってしまうのではないか、そもそもどうやって聞けばいいのかと悩まれています。

第三者として仲介することで、監督のご希望を伝えやすくなり、俳優の方々にそれを確認し、可能かどうかを調整していきます。

さらに浅田さんは、同意を得ることの重要性についても言及されました。

浅田:私がこの職業を始めて気づいたのは、日本人は『ノー』と言えないのではなく、『ノー』という選択肢が最初からない、ということでした。同意を得るという文化が日本には根づいていないため、『イエス』なのか『ノー』なのかを確認しないのです。すると、『ノー』と言われていない=同意しているという勘違いが起こります。でも、そもそも事前に確認をしていないわけだから、同意しているとはいえませんよね?

事前にしっかりと質問し、『イエス』か『ノー』か選択肢を与えた上で確認する。そうしてはじめて、正確な意思と明確な合意が得られるのです。日本の創作現場にとっては、ことのほか重要な作業だといえるでしょう。

少しずつ好転する業界と、これからの挑戦



浅田さんは現在、日本の映像業界でインティマシーシーン撮影のルール作りに関して、諸団体と話を進めています。加えて、人材育成や子役のケア、トリガーワーニング(映画や書籍などで、視聴者や読者の気分を害する可能性のある内容について事前に警告すること)の導入など、多岐に渡る取り組みに注力する一方、業界の変化を実感しているといいます。

浅田:ゆっくりですが、変わってきているという感じています。ハラスメント防止の講習会が行われるなど、制作会社も気をつけています。とはいえ、まだまだ他人事だと思っている方々も多く、声をかけ続ける必要はありますが、少しずつでも意識が高まっていくことは、いい作品作り、作品を守ることにつながるはずです。

インティマシーコーディネーターが入ることで、俳優だけでなくスタッフも作品も守ることができる。それがより良い作品づくりにつながると強く信じる浅田さんは、日本の映像・演劇業界におけるさまざまな問題に、一つ一つ向き合い続けています。

終了時刻を過ぎても続く質問



レクチャーの後は、簡単なワークショップが始まりました。ペアを組んで、握手を求めてきた相手にいくつかの方法で断ります。「断るとき」と「断られたとき」のそれぞれの気持ちを体感してみるというものでした。

実際に体験した参加者からは、「どんな断り方をするにしても『断る』ことに罪悪感を覚える」という意見が多く挙がりました。講演の中で浅田さんが伝えていた「意思表示を明確にすること・同意確認することの重要性と難しさ」に改めて気付かされたワークショップとなりました。

質疑応答の時間では、映像や演劇の業界で働く受講者も多いことから、インティマシーコーディネーターの仕事の進め方やコミュニケーションの取り方など、導入に向けた具体的な質問が挙がりました。浅田さんはそうした声一つひとつに耳を傾け、さまざまな事例を出しながら、ていねいに対応されていました。


質問は途切れることなく、会場の熱気はしばらく冷めることがありませんでした。

受講者が抱えている現場の悩みや課題に耳を傾けることで、安心安全な創作環境の必要性と、インティマシーコーディネーターの導入への期待や、取組の広がりを実感する講座となりました。


執筆・写真:仲濱 淳


【本ページに関するお問い合わせ】

公益財団法人沖縄県文化芸術振興会 沖縄アーツカウンシル
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主催:公益財団法人沖縄県文化芸術振興会 (沖縄県受託事業「令和7年度沖縄文化芸術の創造発信支援事業」)